ファン・ボリヴァーの作品に影響を及ぼしているのは、形態の図式化と具象化という、図画表現の根底に流れる原始的衝動である。最もシンプルで無駄のない線で実際のかたちを伝えたいという欲求、それは人間の行動としては言葉による意思の疎通と同じく基本的なものであり、実際には言葉より先に表れる。石器時代の壁画や、幼児が描く簡略化された似顔絵を見ても明らかである。しかし同時に、非常に抽象的な絵画の場合は、そこに描かれたものがどれほど曖昧でも簡略化されていても、具体的な情報に置きかえて解釈されがちである。こうした兆候をふまえ、「Geometry Wars」は具象表現と“純粋な”抽象画との間にあるテンションを取り上げている。
単純な線が花瓶にも2人の人物の横顔にも見えるというトリック画は、誰しも見たことがあるだろう。2種類の絵を同時に捉えることはできないため、見る者は視線を前後に動かして2つの絵を切り替える。どれほどすばやく視点を切り替えても、一方が見えるときはもう片方は見えてこない。同様に、どのような線もまず具象表現として把握されたのちに、抽象表現として理解されるのだ。二者択一であって、具象と抽象が同時に認識されることはない。ボリヴァーはこうした兆候を軽やかに表現し、形式主義を髣髴させる一方で、極端に単純化した図形表現を用いて見る者を挑発する。
これ以前に制作された顔をモチーフにした一連の作品は、シンプルな幾何学形と均一な塗りを用いたカラーフィールドペインティングのスタイルをとっていた。抑えた色彩とシンプルな幾何学形で構成されたこれらの作品は、まるで“ファジー・フェルト(フェルトを台紙に貼って遊ぶ教育玩具)”で作った巨大な肖像画のようであるが、極限まで単純化された中にもパーソナリティーが読み取れることに驚かされる。いったん2つの点を目に置きかえて見ると、ほかの箇所も理解しようとする衝動が起こり、すぐに型どおりのイメージに当てはめて見るようになってしまう。すると突然そこに日に焼けた肌が見え、怪しいヘアスタイルと信用できない目つきが浮かび上がったりするのだ。ボリヴァーはこれらの作品を肖像画と呼ぶのを好まず「顔面図」と表現している。一連の作品からはユーモアがにじみ出ているが、それはおそらく相容れない2つの見方を同時に行うことに隠されたひそかな挑発に気づくからであろう。
ユーモアは常に、一見相容れないように見えたものが予想外の衝突を起こすときに発生する。しかし「Geometry Wars」の一連の作品ではユーモアは減少し、代わりにほかの要素が現れている。抑えた色づかいはさらに彩度を下げて、モノクロームに近いグレートーンに変わった。暗示されているイメージは、中世の城や兵器庫、燃料庫、監視台、軍艦などの戦争に関するものから衛星放送のアンテナや未来の飛行機を思わせる形状になっている。肖像画ではなく「顔面図」という言葉を好むボリヴァーは、これらも風景画ではなく「具象図」と呼ぶかもしれない。ここでも極端に単純化した表現は使われているものの、ある意味失われているとも言える。そこに描かれているもののは時代錯誤で役に立たず、壊れてつぎはぎだらけなのだ。
以前の作品では全体に満ちあふれていたユーモアが、「Geometry Wars」では控えめになっているように見える。これらの作品を最も効果的に見せるには、両極端な2つを対にして配置し、回転するコインの裏表を見分けようとするときのように、どちらか一方だけが見えてしまわない状態にするとよい。バランスを保つことが大切だ。「Geometry Wars」の作品は、絵画の形式的な性質の中にグリッドを規定する。堅苦しく知性を主張する形式主義の中にボリヴァーがそっと隠した単純な形象の意味を楽しむこともできるが、結局のところ、どこまでも美しいこれらの作品は純粋に直感で受け止めるのが最も良いのだ。
ジョン・ハンサード・ギャラリー 館長
スティーブン・フォスター
ファン・ボリヴァーは1966年生まれ、ベネズエラのカラカス出身で、抽象主義と形式主義に取り組んだ作品を発表している。その作品は、鮮やかな形態と色彩を使った抽象画として見る者の心に印象を残す一方で、様式的な表現を再構成して遊び心にあふれた比喩表現を生みだし、時にははっきりと、ある時は目立たぬように、幻想の世界を描く。そこに発生するユーモアは、見る者に抽象概念と認知概念の本質を伝えている。
2009年には、長期にわたる活躍と功績が認められ、ポロック・クラスナー賞を受章。2007年にはマシュー・ヒッグスとマーク・カミーユ・チャイモヴィッチによりイースト・インターナショナルに選ばれ、さらにルーシー・マッキントッシュ・ギャラリーとフィールドゲート・ギャラリーの「Eau Savage」展において、ボリヴァーにとって13回目となる展覧会のキュレーターを務めた。
作品は、英国政府アートコレクション、ロンドン芸術大学アートコレクション、自身が2003年に卒業したゴールドスミス大学のアートコレクションに収蔵されている。
近年の個展は、ルーシー・マッキントッシュ・ギャラリー(スイス、ローザンヌ)の「Home Alone」展(2008年)、ジョン・ハンサード・ギャラリー(イギリス、サウザンプトン)の「Geometry Wars」展(2008年)があり、後者は76ページのカタログが出版された。
Translated by Manami Yamamoto